究極の限界集落「床丹」から私たちが学ぶべきこと
会合番号:42
前回のブログに書いたように今回、私は風邪をひいてしまって欠席でした。しかし休まないことをこの研究会の理念(と言えるのか?)と考えているので、実行をしました。勿論、相手にアポも取っていましたし、参加者も決まっていましたので・・・。 私がなぜこの床丹を興味を持ったか?というとそれは道新の記事でした。3回シリーズくらいの記事でこの床丹が取り上げられていました。その記事を担当された道新の記者さんにお願いし、住人の方を紹介してもらいました。 ということで今回の報告は当社営業マン中野と参加者から後日、聞き、その話を私なりに合成した報告です。 床丹は旧浜益村にあります。「幌」を越えたあたりです。 人口は9世帯、12名。ほとんどが65歳以上です。
床丹は昭和30年ころまでは300名以上の住人が住んでいました。小学校もあり生徒が60名くらいいた事もあったそうです。当時はニシン漁が栄えていて道路工事も最盛期でした。その後ニシンが採れなくなり道路ができると次々と村人たちが札幌へ転出し、お店もなくなってしまったそうです。 安田さん(68歳 男性) 縁あって7年前から床丹に住んでいる。昔は電気工をやっていて釣りの腕前はプロ級。今はこの地区の自治会長を任せられている。今日は朝から山にタケノコ採りに行っていた。 阿部さん(68歳 女性) 床丹生まれ床丹育ち。苫小牧に住んでいたことがあるが、床丹に戻ってきた。いつも自分より年上の高齢者の話し相手になっている。 沢田さん(82歳 女性) 冬は浜益のデイサービスで暮らす。編み物が得意。札幌の子供たちが一緒に住もうと言ってくれるが床丹が好きだからここにいる。 酒井さん(年齢? 女性) イズシ作りの名人。特にハタハタとアカハラがおいしいそう。
トマト、キュウリ、ダイコンなど野菜はほとんど自給自足している。肉類は岩見沢から来る移動販売車。魚は自分たちで釣ったり、浜益の漁師たちから買う。 話をお伺いした後、集落内を案内していただきました。今年の冬の大雪でずいぶん、空家の屋根が壊れてしまったそうです。
最後に自治会長の安田さんは「誰か住んでくれる人がいれば村の将来が明るいんだけどな」と言っていたそうです。 ところで床丹には時々クマが来るそうです。その時、村の人はそれを匂いでわかるんだそうです。匂いといえば村の空気そのものが草や水や磯やいろいろな匂いがいきいきと入り混じっていて、札幌の空気とは全然違うと参加者の一人は言っていました。 どなたかが夏札幌にいてもすることがないと言っていたそうです。 いずれにしても限界集落にしては村人の表情は明るいそうで、何かこの集落には人を元気にするエネルギーがあるのじゃないかと思います。 それにしても私自身、行っていないのでいつか暇を見て行って来ようと思っています。